将棋コラム 将棋の文化性とは何か?

2016.09.08 Thursday

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    将棋は世の中に数多く存在するボードゲームの一つです。将棋が単なるゲームの枠組みを超えて文化性を有するとしたら、将棋は他の多くのゲームと違って何が違うのか、少し考えてみましょう。

     

    まずそもそも文化とは何でしょうか。我々が文化という概念を用いるときには大別して二つの意味があると言われます。1つには、社会の道徳、信仰、法律、風習などの生活様式という意味での文化です。2つには、人間によってつくられた価値体系としての芸術的指向という意味での文化です。この2つめの意味での文化は人間の創造性によって価値を付与され、人間生活を向上させる新しい価値を生み出すものだと言えます。

     

    つまり、文化とは人間が創造する新たな価値体系であるのです。それは美的な、精神的な、歴史的な、象徴的な価値を持ちます。このことがまさに文化的価値であり文化の意味になるでしょう。

     

    さて、それでは将棋の話に戻ります。将棋がいままで述べてきたような文化性、文化的価値を持つのでしょうか。生活様式としての文化の側面から考えると、将棋は古くは奈良時代の頃から始まり、江戸時代においては幕府の庇護を受けながら遊び方を発展、進化させ続けてきました。庶民であっても長らく親しむ遊びとして社会性を持ちえています。芸術的指向という意味での文化としてはどうでしょうか。将棋というゲームの局面数はおおよそ無限に近いです。そうしたゲームの構造において今もなお新しい戦い方、局面が生まれ続けているのです。人間の創造性を具現化させるものとして将棋には芸術的指向としての文化的価値が認められるのではないでしょうか。

     

    このように将棋は社会に広く根付いた生活様式の枠組みを織りなすものであり、将棋を指すことは心の足しになるような豊かな精神的活動であるとも言えます。そこから生まれる構造的な局面は、ある種の美的な文化的価値をも有するでしょう。将棋の文化性とはすなわち、人間の創造的精神の象徴的発露であるのです。

    将棋コラム 将棋をどのように広めるか?

    2016.09.08 Thursday

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      将棋をいかにして広めるかということを考える前に将棋とはどのようなものであるのか簡単に振り返ってみます。

       

      将棋とはゲームですから多くの人にとっては娯楽の範囲であり、暇をつぶすもの、趣味の類になるでしょう。ゲームとは言ってもカードゲームのように単純なものではなく、テレビゲームのようなボタンでキャラを操作するものでもなく、スマホゲームのようにコンプリート的要素もありません。戦略性に富んだ頭脳ゲームになります。

       

      さて、このような頭脳ゲームである将棋を初心者の方が始めるにあたってどのようなハードルがあるでしょうか。

       

      第一には熟練するまでの期間の長さです。将棋のルールは一般に複雑なものであるとは思いませんが、将棋を楽しんで指すにはそれなりに熟練度、つまり勉強なり訓練が必要でそれに要する期間も数カ月から1年程度は必要になるでしょう。この熟練までの期間の長さ、つまり将棋を楽しんで指せるようになるまで時間がかかることが一つのハードルとして挙げられるでしょう。

       

      第二には教育環境の整備の遅れです。将棋を覚えるには一定の勉強が必要ですがそれをサポートする体制が一般的に十分に整っているとは言えません。将棋教室はある程度の数がありますがその殆どが子供向けで大人が気軽に将棋を学べる場は多くありません。また将棋の入門書もある程度の数が揃っていますがいきなり初心者の方がこれだけを読んで将棋が楽しめるレベルまでフォローできているかは疑問があります。このように子供向けの環境はともかくとして大人が将棋を学ぶ場が殆どないことも将棋を始めるにあたってのハードルだと言えるでしょう。

       

      それではこうした将棋を始めるにあたってのハードルの存在を理解したうえで、将棋をどのように広めていくのかについて考えてみたいと思います。

       

      私が個人的に考えるのは、一般に将棋とは単なるゲームであり趣味ですが、それにとどまらず、将棋を自己啓発的な自己表現のツールとして認識し、自身の知的思考を成長させる機会であると捉えなおしてはどうかということです。こうした認識から出発して将棋をゲームの枠組みを超えた一つの芸術活動として意識してみましょう。芸術活動しての将棋の鍛錬は、内なる自分の知的思考を活性化させる自己啓発的な、自己表現のツールであると考えられます。その意味においては前述したような将棋を始めるハードルとなる勉強の困難さは自己研鑽による成長への達成感へと変わるのではないでしょうか。つまり、将棋を覚えること、将棋を勉強すること、将棋を指すことは芸術へのアプローチであり自己の表現活動であると結論付けられます。

       

      このように芸術活動としての視点から将棋を意識することで、将棋の新たな一面に気がつくはずです。将棋はより豊かな心的な探求心溢れる営みであると言えるのです。将棋の広報活動の基本的な理念に、この将棋の芸術的な視点を取り入れていくことは社会一般にとっても個人にとっても意義深いようには感じないでしょうか。

      なぜ、いま将棋なのか?

      2016.09.07 Wednesday

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        さて、この記事を読んでいるからには皆さんは多少なりとも将棋に関して興味があるように思われます。ここでは、なぜ、いま将棋なのか?ということについて少し考えてみたいと思います。

         

        一般的な視点に立つと、将棋とはどのようなイメージでしょうか?私の個人的な想像によると多くの一般の方は将棋は古臭いだとかおじさんがやってるゲームだとかそういったイメージを持たれているかと思います。確かに現代ではテレビゲームやスマホのゲームが発達、普及し、多様な娯楽コンテンツが世の中に溢れかえるなかで将棋はどこか古いようなイメージがあるかもしれません。

         

        しかし、別の視点に立ってみると将棋は江戸時代より前の時代から続く伝統ある文化です。つまり古くからある日本の歴史性を体感できるゲームだとは言えないでしょうか。未来に生きていることになる今のプレーヤーも記録を通じて過去のプレーヤとの繋がりを感じることができます。まさに将棋とは時空を超えた対話の文化です。将棋の格言には棋は対話なり、というものがありますが、将棋とは対話の技術の粋なのです。

         

        では、この伝統文化としての側面もある将棋のゲーム性としての面白さは何でしょうか。将棋と同じようなゲームであるチェスは西洋では知の象徴であるかのようなゲームとして確固たる地位を確立しています。将棋もチェスと同じく著しく高度な頭脳戦のゲームなのです。

        それでは具体的に将棋のゲームとしての魅力を考えてみましょう。将棋の駒の配置による局面数は10の220乗ほどあると言われ、殆ど無限に近いほど複雑です。この複雑性が生む配置の妙、すなわち駒の動きから生み出される構造性の知的興奮に将棋の奥深さと味わい深さつまりはゲームとしての面白さがあります。また将棋においてのみオリジナルな要素である持ち駒の再利用が勝負を最後まで混沌とさせ飽きさせません。このように将棋のゲームの魅力は創造性ある駒の配置の複雑な連関にあると言えるでしょう。

         

        なぜ、いま将棋をプレイするのか。それは現代社会において失われつつある何かへの知的な希求なのかもしれません。

        将棋とはどのようなゲームか

        2016.09.07 Wednesday

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          将棋とは、二人で対局するボードゲーム(盤上遊戯)です。

           

           

          将棋の遊び方は、縦横9×9マスの合計81マスの盤面のなかに王、飛車、角、金、銀、桂馬、香車、歩の8種類40個の駒を上の図のように配置して、お互いに1手1手駒を動かしていきます。

          勝利条件は先に相手の王様を取ったプレーヤーが勝ちとなります。

           

          やや専門的な話になりますが、将棋はゲーム理論における分類では二人零和有限確定完全情報ゲームとなります。

          これは簡単に説明すれば、二人で対戦し(二人)、プレーヤーの利得の合計が一定であり(零和)、手の組み合わせが有限で(有限)、偶然の要素を含まず(確定)、情報が全てオープンで明らか(完全情報)だということになります。

          またこのような分類のゲームでは必ず先手勝ちか、後手勝ちか、引き分けであるかの解が存在します。

           

          将棋は運の要素がなく情報が全てオープンですので最初の配置の局面から既に解の存在が明らかなのです。しかしながら将棋において出現する局面数は10の220乗とも言われ、この数は全宇宙の素粒子の数よりも多いようです。現代の最新のスーパーコンピューターで100年間解析しても到底解には到達できない複雑さがあります。

           

          つまり将棋は人類の知性ではおおよそ解には辿りつけない非常に奥が深いゲームであり、そこが最大の魅力であるとも言えるでしょう。